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東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)73号 判決

原告 ミシユラン、エ、コンパニー(コンパニー、ゼネラール、デ、ゼタブリスマン、ミシユラン)

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決に対する上告期間につき、附加期間を九〇日とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は、「特許庁が昭和四七年審判第七九号事件について昭和五〇年三月七日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

(原告)

請求原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「乗物の車輪に対する改良」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、一九六五年七月五日フランス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四一年六月二日特許庁に対し特許出願をしたところ、昭和四六年九月二日拒絶査定を受けたので、昭和四七年一月二六日審判を請求した。この請求は昭和四七年審判第七九号事件として審理されたが、昭和五〇年三月七日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年四月一九日原告に送達された(出訴のための附加期間を三か月と定められた。)。

二  本願発明の要旨

チユーブレスタイヤを受けることができ、また、外側ビード座の延長線上にへり部分を含むリムにおいて、前記のへり部分は少なくとも部分的に反対傾斜であり、すなわち、外側から内側に向つて増大する直径を有し、また、前記のへり部分(傾斜部分)は(p+n-1)・L/(+m+1)に等しい軸方向幅にわたつてひろがり、本式のLは前記の座の軸方向幅であり、pとmはそれぞれ前記の座及び前記の傾斜部分の軸線に対する傾斜とtan d=L/2Dのごとき角度dとの比に等しい数であり、Dは軸線から最もはなれた前記座の点における直径であり、また、nは0~25の間に選ばれた数であることを特徴とする中心部がへこんだ形のリム底部を有する一片からなるリム。(別紙図面参照)

三  審決の理由の要点

本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

本願発明の明細書の記載によれば、L′=(p+n-1)・L/(+m+1)なる数式を幾何学的に誘導しただけに止まり、これらの数式によつて算出されるL′が、円筒体状のものにおけるL′と同等の技術的効果をもつものであるという点が解明されていない。

したがつて、本件特許出願は、特許法第三六条第四項に規定する要件をみたしているとはいえない。

四  審決の取消事由

審決は、本願発明において、(p+n-1)・L/(+m+1)なる数式によつて算出される寸法L′が円筒体状のものにおける寸法L′と同等の技術的効果をもつものであるとの点が解明されていない、としているが、この点は本願発明の明細書(甲第二号証の一)第一四頁七行~末行に記載されている実験結果によつて解明されている。

さらに、甲第四号証(ETRTO DATA BOOK 1979)には、本願発明に従つた乗用車のリムの標準化されたデータが記載されているのであるから、これによれば、本願発明のリムが実用に供しうる優れた技術的効果をもつものであることは明らかである。(右のETRTO DATA BOOKは、全欧州のタイヤ、リム又は自動車附属品の製造者及びそれらを使用している自動車の製造者によつて提案され、実施され、受入れられているタイヤとそれに関連するリム、附属品の標準規格を掲載しているものである。本願発明に従つたものがここに掲載されているということは、自動車製造者が本願発明に従つたリムの試験を行ない、それが自動車用リムとして適していることを意味する。)

(被告)

請求原因の認否と主張

一  請求原因一ないし同三の事実は認める。

二  同四の主張は争う。

原告が指摘する甲第二号証の一の該当箇所には、本願発明の要旨における数式の、nを約7に選択した場合については記載されているが、しかし、本願発明は、nを0~25とすることを条件とするものであつて、nを約7とするだけではないから、右記載の実験結果だけでは本願発明の要旨におけるnの全範囲についての効果を確認することはできない。

また、甲第四号証が本願発明の効果を示しているとする根拠はないから、これによつても、本願発明の効果を確認することはできない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因一ないし同三の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。

原告の主張は、本願発明の効果はその明細書において解明されているから、これを否定した審決の判断は誤りである、というのである。

元来、特許出願の願書に添付する明細書は、当該出願に係る発明の内容を第三者に正確に開示することを主要な目的とするものであり、それ故に、その発明の属する技術分野において通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、当該発明の目的、構成及び効果を記載すべきものとされているのである。

ところで、発明は、目的とする効果を先行の技術的手段によるより一層適確に達成しようとするものであるから、常にその発明に特有の効果を具有すべきものであり、発明の内容を正確に第三者に把握せしめうるためには、当該発明の構成のみならず、その発明の目的及び特有の効果の説明が必要である。

もつとも、発明の目的、効果の説明が必要とされる主旨は右のごときものであるから、そのうちの効果の点についていえば、既に発明の構成が明らかにされており、その構成自体から、当業者が当該発明の効果を容易に理解することができ、発明実施の容易性を妨げることのないような場合には、たとえ、効果の記載が形式的には存在しないとか十分でないとしても、これをもつて特許法第三六条第四項の規定に違背するものではないと解せられる。

これを本件についてみるに、本願発明においては、その核心的な構成要件の一つであるへり部分(傾斜部分)のうちの反対傾斜の軸方向幅にわたる広がり(L′)を規定する算式L′=(p+n-1)・L/(+m+1)が数個の文字を用いて示されており、殊に、そのうちn値については、0~25の間に選ばれる実験的に定められた数とされており、かつ、本願発明は、主としてはずれ抵抗の適切という効果を収めようとするものであるが、そのはずれ抵抗の適切という効果は、タイヤとリムとの嵌合については一般に必要なことであるから、それが特有の効果というにふさわしいためには、はずれ抵抗がどの程度的確特段に得られるものであるかを具体的に明らかにする必要がある。

そして、いかなる数値を選択すれば、所望の適切なはずれ抵抗やタイヤとリムとの間の気密性を収めうるかを知るためには、少なくとも、各文字の数値相互の関連を含め、(イ)n値0~25における限界値に係る効果を明示するとか、(ロ)右範囲のn値のいずれであれ、これを採るときは、それ以外の領域の数値を採る場合に較べて、いかに特段の効果を収めうるかとか、(ハ)n値0~25のうちの相当広い領域についての効果を明らかにすることなどにより、n値0~25の全領域にわたり、本願発明の特有の効果を収めうることを的確に理解することができるように示されなければならない。さもなければ、第三者は明細書の記載に基づいて容易にその発明の実施をすることができないからである。

しかるに、成立に争いのない甲第二号証の一ないし六によれば、本願発明の明細書には、右のn値を約7にした場合のはずれ試験による効果が示されているのみで、その余のn値を選択した場合についての効果は何ら明らかにするところがなく、また、本願発明が効果の記載についての前記除外の場合に該当するものとも認められない。

そして、本願発明の明細書には、右のように、n値を約7とした場合(その場合のp=5、m=4としたもの)の効果が示されてはいるが、本願発明はn値を約7にのみ限定するのではなく、n=0~25の広い範囲にわたる領域を選択するものであるから、これのみでその全領域、すなわち、n=0~約6、n=約8~25における本願発明の効果をも確認もしくは推認することは到底できない。

その上、前掲甲第二号証の一によれば、本願発明の明細書(第一三頁一〇行~一二行)には、「この幅L′は、上述の公式によつて定められる限界内において、幅Lよりも小さく、又は等しく、あるいは大である。」と記載されていることが認められるから、これによれば、本願発明におけるL′は、幅Lの値より小さい場合、等しい場合、より大きい場合があるものと解される。ところが、本願発明の明細書に示されている前記n=約7とした場合のL′の値は、p=5、m=4とした明細書記載の場合、L′=約1.3L、すなわち、L′がLよりも大きい場合に対応するものであつて、それ以上に、L′がLに等しい場合(仮にp=5、m=4を選択したとすれば、n=4)及びL′がLより小さい場合(仮にp=5、m=4を選択したとすれば、n=0~3)についての効果については、何ら具体的に示されていないから、このように、L′がLより大きい場合の効果のみをもつてL′がLに等しい場合、更には、L′が逆にLより小さい場合の効果をも確認ないし推認することは、当業者といえども容易にできないといわざるをえない。したがつて、この点からも、本願発明の明細書の記載ではn=0~25の全部の領域についての効果が示されているとすることはできない。

結局本願発明の明細書には、特許法第三六条第四項の規定において記載すべきものとされる効果の記載を備えていないというのほかはない。

三  以上の次第で、審決の取消を求める原告の主張は理由がないので、本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木秀一 藤井俊彦 清野寛甫)

別紙図面〈省略〉

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